リゾート・アイランド、ランカウイ
第27の地、マレーシアに到着です。おめでとうございます。
日本から飛行機で約7時間、日本の約90%の国土面積をもつマレーシアは、さまざまな魅力にあふれています。世界的な知名度を誇るリゾート・アイランドのランカウイ。ボルネオ島東海岸沖に広がる海は、世界中のダイバーが憧れるダイビングスポット。また、国土面積の約60%が多種の生命を育むジャングルで、トレッキングやクルーズはまさに冒険です。さらに、古くから東西交易の舞台として多様な文化を育んだマラッカとジョージタウンという世界遺産の町。そして、首都クアラルンプールは近代的な高層ビルやショッピングモールが立ち並ぶ大都会です。このようにマレーシアの見どころは驚くほど多岐。何度行っても新しい発見があり、新しい魅力に出会える、それがマレーシアなのです。
マレーシアの華人
総人口約 2830 万人のうちマレーシア国民は 91.8%(約2600 万人)26であり、そのうちブミプトラが 67.4%、華人 24.6%、インド系 7.3%、その他 0.7%である。
華人の比率は首都クアラルンプールで 43.2%、シンガポールと接するジョホール州では 33.6%、港湾都市ペナンのあるペナン州では 45%を超えている。反対に、東岸地域では非常に低い。また、州内における都市人口はさらに華人の比率が高い。例えば、ペナン州の州都ペナンを含む北東部では、61.9%を占める。また、ペラ州の州都イポーを含むキンタ地区では、華人の比率が 42.5%である28。このことから、主要な都市部においては、国全体の民族比率よりもずっと多くの華人が、占めていることがわかる。
マレーシアの中華系住民については、1842 年、清朝が阿片戦争に敗れたことで、漢民族の海外移住が認められるといった政治的混乱や飢饉などを理由に、多くは広東・福建といった南部地域の貧困層の農民が、労働者として流入し始めた。大半は読 み書きのできない、あるいは低学歴の農民と、チケット(欠費)制度といわれる渡航費 用前払い制度を利用して、借金をしてマラヤに渡ってきた。親類縁者を頼るか、ケタウ (客頭)と呼ばれるブローカーの手配によって、マレー半島の西岸、特にペラやスラン ゴールで開発9が進められていた、スズ鉱山に労働者として入り、その周辺に居住地域 を構えた。これらのクーリー(苦力)と呼ばれる労働者たちは、マレー人との接触がほ とんどなく、自分たちの中国文化や生活習慣に沿った華人社会を形成し、定着すると 同族や同郷の者を呼び寄せ、富を増やし、集団を大きくしていった。また、年季の明け た者がマラッカやペナン、シンガポールの海峡植民地で貿易や商工業を担うなどして、 コミュニティを拡大していった。これらは「苦力貿易」と呼ばれ、20 世紀になり、イギ リスの持ち込んだゴム栽培のプランテーションが開拓されると、労働者の流入はさらに 続いた。
ペトロナスツインタワー
オールドタウン
ジョージタウン
マラッカ
イポー
レダン島
キャメロンハイランド
多民族国家のマレーシアには、大きく分けてマレー系、インド系、中国系の3つの料理があり、民族の味を受け継ぐ本格的な料理や互いに影響し合って完成された料理など、バラエティに富んだ味が楽しめます。
ラクサ
チキンライス
パクテー
ナシゴレン
パンミー